源氏物語 宇治十帖07~09

(七)大君の中君に対する思い

 

いくら大君が薫の愛を拒み続けようとも、薫は一途に大君にアタックし続けます。

そんな薫に対して大君は、自分の気持ちを抑えて、「私よりも妹の中君と結婚して、妹を幸せにしてほしい」と頼みます。中君が生まれると同時に、母である北方(八宮の妻)は亡くなっているので、さほど年は離れていない大君ですが、ある意味母親代わりとなって中君を育ててきた経緯があります。しかし薫はジクジクとしてはっきりしません。

 

そこで大君は、一計を案じます。薫が自分のところに忍び込んでくるように仕向け、いつもの匂いで薫が来たことがわかると、その場に妹の中君を一人残したまま、そっと立ち去ってしまうのです。薫がふと抱きしめてみると、そこにいたのは妹の中君であることを知り、薫は驚きます。一方中君も、非常に驚いて困惑します。

 

“姉の大君は、私を置いて急にどこかへ行ってしまうし、信じていた薫はいきなり抱きついてくるしいったいどうなっているのだろう″

と、中君はおそれおののきます。震えている中君に薫は、それ以上強引なことはできず、ここでも”添寝の薫″状態で終わります。

しかし、この時薫は何にも増して、大君に対して自分の誠実さをアピールしたかったのです。中君ではなく、大君のことが好きなんだということを訴えたかったのです。だからこそ、薫は中君とは最後の一線を越えることが出来ませんでした。薫が忍び込んでくる前に、うまくその場を離れた大君ですが、その後二人がどういう関係になるのかが気になって、様子を伺いに戻ってきます。

そして、ドキドキしながらも覗き見てしまうのです。この時の大君の気持ちは、複雑だった筈です。

薫と妹の中君が結ばれてほしいと思いながらも、でも、もし二人がそういう関係になったら、薫は自分の元からいなくなってしまう。

そんな複雑な心境に揺れ動きながら、大君の本心は、やはり二人には結ばれてほしくなかったのだと思います。

 

(八)匂宮登場

 

結局、中君とは何もなかった薫ですが、このままいくと大君は、何がなんでも中君と自分とを結婚させようとするだろうし、大君の心も自分には向かなくなってくるだろう、と考えるようになります。何とかして、大君の心を自分に向けさせたい薫は、親友の匂宮に声をかけるのです。

ここで、匂宮の登場となります。薫は、匂宮と中君の二人を結婚させ、そして、自分は大君に”あなたのことが忘れられない”という想いを伝えれば、大君の心を開かせることができるのではないかと考えるのです。

 

匂宮は、最近薫が宇治の方に行きっきりになっているので、”何か、怪しいゾ”と気になっていました。薫は、匂宮に中君のことを話します。中君のことを聞いたイケイケの匂宮が、こんなおいしい話を放っておくわけがありません。

薫の手引きのもと、宇治にやってきた匂宮は、中君のところに忍びこみ強引に中君をものにしてしまいます。

匂宮と中君が結ばれたことを知って、一番ショックを受けたのは他ならぬ大君でした。”私は、妹の中君と薫が結ばれることを望んでいるのに、薫がよりによって、都でもプレイボーイと評判の女たらしの匂宮に妹を紹介するなんて!!″

 

とひどいショックを受けるのです。当時、男女がそういった関係になると、男性は夫婦の証として、必ず三日間続けて女性の元に通わなければならない、という習慣がありました。

これを「三日夜」(みかよ)といいます。ところが、三日目の晩、匂宮はなかなか中君のところに現れません。大君は、やきもきします。匂宮がなかなか宇治にこれずにいたのは、母親の明石の中宮の目が厳しかったからです。明石の中宮は、息子の匂宮に早く結婚するよう口うるさく言ってしまいましたが、当の匂宮にその気がなく、女たらしで、あちらことらで浮き名を流しているので困っていたのです。近頃では、遠く宇治まで足を延ばしているらしいという噂も耳にし、匂宮の夜歩きを懸命に止めていたのです。匂宮は、そんな中をかいくぐって抜けだし、遅くなりはしたものの、なんとか中君のところへ会いに来ています。

 

匂宮はそれからも、なかなか宇治にはやってきません。母の明石の中宮は、匂宮をいずれ東宮(皇太子)にさせたいと考えていますから、宮様として普段から忙しい身の上の匂宮が、宇治くんだりまで足を運ぶのは、確かに大変なことだったのです。

なかなか訪ねてこない匂宮の様子に、大君は妹の中君のことが心配でたまりません。

そんな日々が続き、心労が重なった大君は、ついには食事も喉を通らなくなります。

精神的ショックから食べ物を受けつけなくなった大君の身体は、やせ細っていきます。やせこけ、日々弱っていく大君は、今にも死にそうな、状態に陥ります。

 

そんな大君のもとに、匂宮がいよいよ婚約するらしいという噂が届きます。相手は、源氏亡き後、一番の実力者である夕霧の未娘、六君だというのです。このことは、死にかけている大君に致命的なショックを与えてしまいます。

 

(九)大君の死

 

雪の降る暗い夜、大君の危篤の知らせを聞いた薫は、慌てて都からとんできます。もう二度と薫には、会おうとしなかった大君でしたが、自分の命が残り少ないことを察し、薫を寝所に招き入れるのです。”私がこのまま死んでしまったら、薫は一生私のことを冷たい薄情な女だと思い続けてしまう”。今でも薫のことを好きな大君にとって、薫の想い出の中に冷たい女として残ることは、とても哀しいことだったのです。ですから、死んでいく最期の最期に、自ら薫を招き入れ、愛している薫に看取られながら大君は息をひきとるのです。薫は、見れば見るほど美しい大君の死顔に、たまらなくなります。大君を失った哀しみに、のたうち回る程苦しむのです。そして薫は一心に仏様に願いをかけます。”どうかお願いです。この美しい大君を一目醜い姿に変えてください。この美しい姿のまま埋葬されれば、私は一生大君のことを忘れることができません。一瞬でも醜い姿に変えてくだされば、大君を忘れられるのです″と。しかし、そんなことは起こる筈もなく、大君の姿は美しいままなのです。大君の臨終の美しさによって、薫の心の中には、大君の想い出がより深く刻みこまれることになります。

 

これから先薫は、大君との想い出の中をさすらい、亡き大君の姿を探し求めながら生きて行くのです。
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